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<<   作成日時 : 2005/04/22 01:29   >>

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1969年6月、東名高速道路(正式名称は「東海自動車道」だそうですが…)全線開通とともに運行を開始した、日本初の夜行高速バスです。個人的には、JR駅の「みどりの窓口」に行けば、座席まで細かく指定して乗車券が購入できるということで、予約のしやすさという点では電話予約が不備な点を差しひいても便利な夜行バスと思っています。

鉄道夜行の補完的役割を持って走り始めた「ドリーム号」、東京〜名古屋・京都・大阪を安価に結ぶ夜行バスとして、それなりの乗客率で推移しました。国鉄時代は神戸線が開設されたり廃止されたりと、さほど目立ったことはありませんでしたが、JR化後に大きな転機を迎えます。そのきっかけは、おそらく夜行高速バスの大半の路線はそうだと思うのですが、品川〜弘前「ノクターン」が運行を開始し、大変好調な利用率を記録したからです。それまでに、ドリーム号以外には大阪〜福岡「ムーンライト」という夜行バスがありましたが、あくまで大都市圏同士を結ぶ路線ばかりでしたから、人口10数万の弘前行きのバスが成功するのであれば、弘前以上の都市は数多くあるわけですから、成功するに違いない、と考えるのは不思議ではありません。まして、それまで17年もの間、夜行バスの運行を続けてきたJRバスなら、なおさらでしょう。

その後わずか5年ほどの間に、ドリーム号は長野・豊田・岐阜・奈良・難波・堺・神戸・高松・松山・高知・下関・羽後本荘を結ぶようになっていました。また、新宿発の「ニュードリーム号」も、名古屋・京都・大阪へ結ぶようになっていました。また、それまで4列シート車だった路線も順次3列シート化されるなど、サービスレベルも向上しています。
しかし、日本経済の陰りを受けて、まず長野新幹線の開業と同時に「ドリーム長野」が姿を消します。また、下関行き「ドリームふくふく」も、中国JRバスへ移管され、愛称から「ドリーム」が消えたりしました。また、高松行きと松山行きが統合され、「ドリーム高松・松山」となっています。

ところが、20世紀末から21世紀にかけて、再び「ドリーム号」は仲間を増やしていきます。まず、常時3台運行という高需要路線の東京〜福井線が「ドリーム福井」を名乗るようになります。また、新宿発の「ニュードリーム神戸」も登場。さらに、渋谷〜和歌山「ミルキーウェイ」から東急バスが撤退するのを引き継ぎ、東京・新宿〜和歌山「ドリーム和歌山」として再出発。
さらに、2001年12月からは、4列シートで格安の「青春ドリーム号」が名古屋・大阪へ運行開始。いくら安くても、時代遅れの夜行バスとも言えるバスに誰が乗るのか?という声もありましたが、「昼特急」同様、蓋を開けてみたら一番人気の路線になってしまいました。あまり好調なので、大阪線では新車のダブルデッカーまで導入。新宿発の「青春ニュードリーム」も登場し、瞬く間に夜行バスの中で独自のポジションを確保したのでした。その後も、東北方面への夜行バスとして仙台行き「ドリーム政宗」、山形行き「ドリームさくらんぼ」、古川行き「ドリームササニシキ」と、次々と「ドリーム号」を名乗る路線は増えてきました。

21世紀に入ると、それまで東京発だけだった「ドリーム号」に新たな展開として、大阪〜広島の夜行バスが「山陽ドリーム」を名乗り始めました。また、大阪・京都〜静岡、大阪・京都〜大宮の夜行バスも「京阪神ドリーム」を名乗っています。こんなに「ドリーム号」を名乗るバスが増えた背景には、夜行バスの愛称として「ドリーム号」というのが、いかにもふさわしい愛称であることは言うまでもありませんが、それ以上に、1969年以来受け継がれてきた伝統と知名度が浸透していて、「JRバスの夜行バスといえば『ドリーム号』」と、JRバスの夜行バスの代名詞的な存在となりつつある、ということでしょう。今後も折にふれて「ドリーム号」を利用していきたいものです。

【高速バスについて書いてある本】
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タイトル (本文) ブログ名/日時
ドリームとよた
本当に久々に乗った夜行高速バス、東京駅の高速バス乗り場もすっかり様変わりしており ...続きを見る
海岸通り3丁目
2005/04/22 22:11

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